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【あらすじ】
大河ドラマ第39作。徳川将軍家の礎を築いた家康、秀忠、家光の3代の治世を壮大なスケールで描いた歴史ドラマです。。
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「大河ドラマ 葵 徳川三代」のキャスト・スタッフ情報
【キャスト】
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- 津川雅彦
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- 西田敏行
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- 尾上辰之助
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- 岩下志麻
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- 小川真由美
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- 小林稔侍
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- 蟹江敬三
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- 金田龍之介
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- 江守徹
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- 中村梅雀
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【スタッフ】
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- 重光亨彦(監督)
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- 岩代太郎(音楽)
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- ジェームス三木(脚本)
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「大河ドラマ 葵 徳川三代」のあらすじ
1話
「総括関ケ原」 豊臣家の安泰を一心に願い立ち上がった男・石田三成(江守徹)と、天下をその手につかもうとした男・徳川家康(津川雅彦)の日本を二分した大合戦「関ヶ原の戦い」を一気に、そして、ダイナミックに描く。
2話
「秀吉の遺言」 慶長三年(1598)八月十八日、豊臣秀吉薨去(こうきょ)。この機に二人の武将が動く。秀吉の知恵袋・石田三成(江守徹)、もう一人は大老・徳川家康(津川雅彦)であった。家康は、直ちに三男・秀忠を江戸に帰し軍備を整えさせ、片や三成は、大老・毛利輝元(宇津井健)をはじめとする各大名に、家康に不穏な動きあるときの一致団結の誓紙を求める。まさに、天下が二つに割れようとしていた。
3話
「五大老五奉行」 大老・前田利家(北村和夫)が、ひそかに伏見徳川屋敷を訪れ手打ちを申し入れてきた。すべてを家康(津川雅彦)に託すと。一方、三成(江守徹)を筆頭に五奉行は、利家の見舞いに訪れる家康の命を狙おうとするが失敗する。前田利家の死をきっかけに、加藤清正(苅谷俊介)等七将が三成を襲撃する。この窮地に三成はなんと単身敵である徳川屋敷に逃げ込む。
4話
「剛腕五十八歳」 九月九日の重陽の賀のあいさつのため、大坂に向かった家康(津川雅彦)は、宿舎の旧石田三成(江守徹)屋敷から出ようとしない。大坂城内に家康暗殺の不穏な動きありと、難癖をつけ奉行の名において詮議あるべしと強要する。また、登城の条件として伏見から軍勢を大坂に呼び寄せることに成功、蟄居(ちっきょ)中の三成は家康打倒に動き出す。
5話
「反主流」 慶長五年(1600)正月。三成(江守徹)は、戦を起こして家康をおびき出しその間に大坂城を占拠し秀頼を奉ずと、会津の上杉景勝、広島の毛利輝元に密使をおくる。三月に入り、家康(津川雅彦)のもとにただならぬしらせが入る。上杉景勝が新しい城を築き、大量の武器を買い集めている。逆心の兆し明らかと。六月十六日、家康は謎の含み笑いを残して大坂城を出立、東へ向かう。
6話
「多国籍軍」 大坂城を出立した家康(津川雅彦)は、その夜伏見城に宿泊する。家康は、旧臣の鳥居元忠(笹野高史)に三成(江守徹)が襲うであろうこの伏見城を託すと別れを告げる。伏見城をたった後、家康は京極高次(小野寺昭)の居城大津城に立ち寄る。高次にあえて三成の味方のふりをせよと命ずる。そのころ、三成のところに越前敦賀城の大谷吉継(細川俊之)が訪れる。三成は、上杉らと江戸を東西から挟み撃ちにする計画を示す。
7話
「弾刻状」 慶長五年(1600)七月十二日、石田三成(江守徹)は、毛利輝元(宇津井健)を総大将に諸大名を呼応し京大坂を占拠しようと図り、大坂城へ参上する。十七日には、輝元が徳川家康(津川雅彦)の留守居役を追い出し西の丸に入る。三成、輝元らは、まずは伏見城を攻めることに。二十一日、ついに家康が江戸を出立し、上杉征伐に向かう。十数万の軍勢が会津へ押し寄せていった。
8話
「多数派工作」 慶長五年(1600)七月二十四日、小山に到着した徳川家康(津川雅彦)にはひとつの不安があった。豊臣子飼いの大名・石田三成(江守徹)の寝返りである。これを阻止するため、家康は黒田長政(山下真司)を抱き込む。長政は、豊臣家に忠義の厚い福島正則(蟹江敬三)を説得する。三成を嫌う正則だが、豊臣家大事に胸中は揺れる。八月一日、ついに伏見城が落城。流れは三成に傾きかけた。
9話
「風雲大垣城」 慶長五年(1600)九月十四日、東軍五万の先陣が大垣城まで七里の清洲城に到着。が、互いに静観して、その後五日間動きなし。軍議が開かれ、まず岐阜城を攻略することに。二十三日、岐阜城を陥落させ勢いに乗る東軍は、さらに大垣城襲撃に向かう。二十四日、ついに宇都宮の徳川秀忠(西田敏行)に出陣の命がくだる。
10話
「前哨戦」 大垣城に迫る東軍は、杭瀬川を挟んで赤坂に本営を構え、九月一日、徳川家康(津川雅彦)が3万の兵を率いて江戸を出発する。しかし、信州小諸に達した秀忠(西田敏行)が、真田昌幸の上田城攻めを決行。時と兵力を失っていく。十四日、家康が赤坂に到着。島左近(夏八木勲)は、杭瀬川を渡り奇襲を仕掛け見事に成功する。
11話
「天下分け目」 徳川家康(津川雅彦)は待ち続けた秀忠を見限り、敵を野戦に引きずり出すことを決断、明朝佐和山城を攻撃するという偽情報を流す。策は見事に的中。西軍は、関ヶ原にて東軍を迎えうつため動き出す。九月十五日午前八時、松平忠吉(寺泉憲)が宇喜多秀家(香川照之)を攻撃、ついに合戦の火ぶたが切られた。
12話
「合戦関ケ原」 徳川家康(津川雅彦)は、出陣の催促に動かぬ小早川秀秋(鈴木一真)の陣めがけて大筒を放つ。うろたえる秀秋は、何と大谷吉継(細川俊之)を攻撃する。秀秋は、西軍を裏切った。これに続き脇坂安治、朽木元綱らが次々と東軍に寝返り戦況は一変。石田三成(江守徹)は、一度は自害を決めるが、佐和山城に戻りもう一度合戦すべく伊吹山中に逃げ込む。
13話
「三成最期」 合戦に敗れた石田三成(江守徹)は伊香郡古橋村の法華寺三珠院(ほっけいじさんじゅいん)善説のもとに身を隠す。佐和山城の陥落を見届けた徳川家康(津川雅彦)は草津に到着、そこに毛利輝元(宇津井健)より大坂城明け渡しの申し出がある。九月二十一日、三成がついに捕まり、十月一日、六条河原にて斬首の刑に処せられる。
14話
「淀の面目」 徳川家康(津川雅彦)は、島津討伐の延期を決定。これに伴い各大名は新しい領地へ向かう。家康は新たな策略を考えていた。関白位の公家への返上である。そして十二月十九日、五年間にわたって空位であった関白の位を九条兼孝が受けることに。宮中の突然の宣下に謀略と怒る淀殿(小川真由美)。家康がついに天下取りに動き出した。
15話
「花嫁は三歳」 慶長六年(1601)三月二十七日、淀殿(小川真由美)をさらに怒らせる事件が起きる。豊臣秀頼を権大納言に叙した朝廷が、その翌日同じ官位を徳川秀忠(西田敏行)に授けたのである。家来筋と同列に置かれたと大いに不満の淀殿は、千姫との婚礼も破談にすると憤る。が、家康(津川雅彦)はいっこうに気にせず、秀忠を江戸に戻らせ関東の地固めを指示する。
16話
「秀忠の秘密」 慶長6年(1601)十月、徳川家康(津川雅彦)は伏見に銀座を設置し財政を掌握、さらに朱印船制度を発して貿易を支配し着々と権力の座を固めていった。江戸に戻った家康は、秀忠(西田敏行)に国政の中心を江戸に移す考えを伝える。年の暮れ、家康は江戸より諸大名に初の大号令を出す。二条城の普請の達しであった。
17話
「千姫婚礼」 慶長七年(1602)暮れ、お江(岩下志麻)の姉・お初(浪乃久里子)が伏見城の徳川家康(津川雅彦)を訪ね、淀殿(小川真由美)との仲を取り持とうと一日も早い千姫のお輿(こし)入れを願い出る。家康はこれを快諾し、お初を安心させる。しかし、年が明けて二月、淀殿を驚かす通告が大坂城に入る。家康が伏見城にて朝廷より征夷大将軍の宣下を受けるという。
18話
「異母兄弟」 慶長8年(1603)9月21日、徳川家康(津川雅彦)五男の信吉が21歳で急逝する。家康は急ぎ越前の秀康(岡本富士太)、尾張の忠吉(寺泉憲)を江戸に招集する。秀忠(西田敏行)が右大将に任ぜられ勅使が関東に下向する、つまり朝廷が幕府を容認したと告げ、兄弟がひとつになって秀忠を助けよと結束を説く。
19話
「将軍秀忠」 慶長9年(1604)7月17日、徳川秀忠(西田敏行)に嫡男・竹千代が生まれ大いに喜ぶ家康(津川雅彦)。翌年4月26日、秀忠が二代将軍の座に就く。祝典の席上、家康は人の上に立つ者は心に一匹の鬼を飼わねばならないと秀忠に告げる。心の中が重苦しくなる秀忠であった。
20話
「二元政治」 慶長11年(1606)2月8日、徳川家康(津川雅彦)は伊達政宗(すまけい)の江戸屋敷を訪れ、「新将軍になった秀忠(西田敏行)が家康の顔色をうかがっているのはよくない、自分は駿府に隠居する」と告げる。そして、「西国に挙兵が起きたときには頼むぞ」と念を押す。一方、秀忠の嫡男・竹千代の養育をお福(樹木希林)に全面的に任せることに。わが子を奪われ、お江(岩下志麻)は落胆する。
21話
「偉大なる父」 慶長12年(1607)元日、徳川家康(津川雅彦)に第五女・市姫が誕生する。が、喜びもつかの間、家康は心臓の発作で床に伏し、「幕府をつぶすな、豊臣秀頼(尾上菊之助)を一大名として封じ込めよ」と秀忠(西田敏行)に遺言する。さらに、「朝廷工作として政仁(ことひと)親王を奉り市姫を妃(きさき)として入内(じゅだい)させよ」という。家康は、自分の娘を皇太子に嫁がせ、やがては中宮にしようと考えていた。
22話
「大御所」 徳川家康(津川雅彦)は大御所として駿府より権勢をふるい、朝廷への朝鮮の使者を江戸の秀忠(西田敏行)のもとに行かせ、将軍を日本国王殿下と認めさせた。年の暮れ、駿府城の新築の本丸御殿が焼失。家康は近畿の諸大名に修築の布令を再び発した。大名の力をそごうとする策略と、淀(小川真由美)は警戒する。
23話
「宮中重大事件」 慶長十三年(1608)四月上旬。京都所司代の板倉勝重(鈴木瑞穂)が駿府城に駆けつけ、宮中の公家衆の不行状を訴える。徳川家康(津川雅彦)は、関白をかえて公家の放蕩(ほうとう)ぶりをあぶりだせと命じる。慶長十四年七月四日、関白・九条忠栄は、後陽成天皇の前で天子の女官たちと公家衆の不義密通を糾弾する。
24話
「野望の輪郭」 慶長15年(1610)2月、徳川家康(津川雅彦)は板倉勝重(鈴木瑞穂)を宮中に参上させ政仁親王の即位を迫る。家康は、秀忠(西田敏行)に政仁親王の即位に伴い市姫を入内させることを告げる。一方で名古屋城の築城を西国・北国の諸大名に命じ、何と豊臣家にもその役務を課した。片桐且元(小林稔侍)は、「豊臣家は大名にあらず」と免除を訴える。
25話
「秀頼上洛」 名古屋城の築城の役務に諸大名から不満の声があがる。徳川家康(津川雅彦)は直ちに帰国し兵馬を整え、徳川の討伐軍を待てと諸大名を恫喝(どうかつ)する。3月11日家康は京都二条城に入り豊臣秀頼(尾上菊之助)との対面を申し出る。28日およそ1万の軍勢に警護され秀頼は二条城に。対面の席上で家康は盃(さかずき)を秀頼に与え主従の逆転を見せつける。
26話
「派閥抗争」 慶長17年(1612)。幕府の重臣である本多正信(神山繁)、正純(渡辺いっけい)親子と大久保忠隣(石田太郎)の権勢をめぐる対立が徐々に深まっていた。年の暮れ、「忠隣に不穏のたくらみあり」との直訴が徳川家康(津川雅彦)になされる。
27話
「悲憤の開戦」 慶長19年(1614)7月、徳川家康(津川雅彦)は豊臣家の方広寺大仏殿の開眼供養に難癖をつける。さらに、大坂では浪人を集め謀反の動きあり。豊臣秀頼(尾上菊之助)の所領替えまたは淀殿(小川真由美)を人質に差し出せと迫る。
28話
「大坂冬の陣」 慶長19年(1614)秋、大坂城には関ヶ原に敗北した旧大名、浪人となった旧家臣が続々と乗り込んでいた。11月11日、徳川秀忠(西田敏行)が10万の軍勢を率いて到着する。26日ついに今福で開戦の火蓋が切られた。
29話
「大坂夏の陣」 慶長19年(1614)、12月18日、徳川家康(津川雅彦)は二の丸、三の丸を取り壊せば豊臣家の所領安堵(あんど)と淀殿(小川真由美)の人質も必要なしと和睦。が、翌年3月、再び挙兵のおそれありとの知らせが入る。5月6日、道明寺にてついに夏の陣が開戦する。
30話
「大坂城炎上」 天守閣に火が放たれ、潔く城と運命を共にすると決意する淀殿(小川真由美)と豊臣秀頼(尾上菊之助)。慶長20年(1615)5月7日夜、大坂城は炎に包まれた。明けて8日。淀殿と秀頼は、山里丸の倉に身を潜め、投降を断り自刃とともに倉を爆破する。
31話
「忠輝勘当」 慶長20年(1615)大坂夏の陣後、徳川家康(津川雅彦)は大坂参陣の際に将軍の直参を斬り殺した家康六男・松平忠輝(阪本浩之)に事の真偽を糾問し、勘当を言い渡す。11月、鷹狩りをする家康のもとに竹千代の乳母・お福(樹木希林)が駆けつけ、幕府内に竹千代廃嫡のうわさありと申し出る。
32話
「家康の死」 元和2年(1616)1月21日、徳川家康(津川雅彦)が食あたりで倒れる。家康は和姫の入内を秀忠(西田敏行)に強く託し、世継ぎが絶えることがあれば尾張家、駿府家から将軍を立てよと遺言する。家康は冥土の土産に秀忠の鼓を聴かせてくれと願う。鼓を打つ秀忠にみとられ、4月17日家康は75歳でこの世を去る。
33話
「東照大権現」 豊臣家の墓所建立計画が進む。本多正純(渡辺いっけい)は、徳川家康の遺命に背くとふんまんやるかたない。松平忠輝(阪本浩之)は不行状が秀忠(西田敏行)の怒りに触れ、伊勢朝熊に配流される。元和3年(1617)4月17日家康のひつぎが日光東照社に移送、壮大な遷宮の儀が執り行われた。家康は東照大権現の名において神とあがめ奉られた。
34話
「御落胤」 元和3年(1617)7月、徳川秀忠(西田敏行)のご落胤(いん)幸松が隠れていた比丘尼(びくに)屋敷に、何とお江(岩下志麻)の使者として常光院(波乃久里子)が乗り込む。江戸に戻った秀忠はこの一件を伝えられ狼狽(ろうばい)し、善後策を土井利勝(林隆三)に託す。11月8日、幸松は信濃高遠城主・保科正光の養子となり生母・お静(高橋かおり)とともに身を隠す。
35話
「竹千代の屈折」 元和3年(1617)11月、江戸の大奥で騒動が起きた。徳川秀忠(西田敏行)の嫡男・竹千代(山田孝之)が大奥に忍び込み、お江(岩下志麻)の侍女をはらませてしまう。事の真偽を詰問するお江に対し、お福(樹木希林)はこれを強く否定する。お福は青山忠俊(石倉三郎)と善後策を相談、腹の子の父親として身代わりを立てる。11月21日、竹千代は居を西の丸に移す。竹千代とお江の仲はますます疎遠になっていく。
36話
「和姫入内(じゅだい)」 元和5年(1619)7月、徳川秀忠(西田敏行)は諸大名を従えて宮中に参内。天子の弟・近衛信尋は藤堂高虎(田村亮)と和姫入内(じゅだい)の密談をする。一方、秀忠は京都所司代に命じ不良公家の処罰をおし進め朝廷へ圧力をかける。元和6年2月、朝廷内で和姫の入内に強く異を唱えていた後陽成天皇の母・新上東門院が崩御。流れが幕府に傾いた。6月18日、和姫はその名を和(まさ)子と改め、後水尾天皇の女御となった。
37話
「忠直の乱心」 元和7年(1621)2月26日、越前・北ノ庄でただならぬ騒動が勃発した。徳川秀忠(西田敏行)の三女・勝姫(月見恭子)の夫で城主・松平忠直(北直樹)が、こともあろうに家臣の母親を手にかけようとして対立。忠直は軍勢をもって母親もろとも殺害してしまう。秀忠は、忠直を江戸に呼びつけるが、忠直は9月の登城時に申し開きをすると返答するも一向に参勤する動きがなく、再三の幕府の使者にも病と偽り応対しない。
38話
「宇都宮釣天井」 元和8年(1622)4月17日、徳川家康の七回忌御祭礼のために日光東照社に参詣(さんけい)した秀忠(西田敏行)のもとに、宿泊予定の本多正純(渡辺いっけい)居城の宇都宮城に不審な動きありとの注進がある。
39話
「将軍家光」 元和8年(1622)11月、徳川秀忠(西田敏行)は家督および将軍職を家光(尾上辰之助)に譲ることを下す。秀忠は関白・九条忠栄(山下規介)に家光の将軍宣下とあわせ鷹司孝子姫の輿(こし)入れを速やかに進めることを申し出る。
40話
「親ごころ」 元和9年(1623)12月、江戸城で将軍徳川家光(尾上辰之助)と鷹司孝子姫(中江有里)の婚儀が執り行われた。翌年の暮れ、家光は家康も秀忠(西田敏行)も成しえなかった計画を、お福(樹木希林)にもらす。関東への天子行幸という途方もない考えであった。
41話
「御対面」 寛永2年(1625)10月、徳川家光(尾上辰之助)が高熱を発し倒れる。病の床で家光は、秀忠(西田敏行)に御落胤(ごらくいん)があることを問いただす。秀忠は、もう一人の弟・幸松の存在を打ち明ける。家光は幸松を呼び戻してほしいと訴える。
42話
「二条城行幸」 寛永3年(1626)2月、天海大僧正(金田龍之介)は、二条城に行幸あらば徳川家光(尾上辰之助)の面目は十分にたつと賛同する。家光に恥をかかせられない秀忠(西田敏行)は、伊達政宗(すまけい)を宮中に送り談判を命じる。
43話
「女の一生」 寛永3年(1826)9月、徳川幕府がその名誉をかけて行った後水尾天皇の行幸が無事終了、ほっとする秀忠(西田敏行)のもとに、お江(岩下志麻)危篤のしらせが入る。京を離れることができない秀忠は、次男の忠長(高杉瑞穂)を遣わす。9月15日未明、お江の容体が急変する。
44話
「皇子降誕」 寛永3年(1626)11月13日、中宮和子が皇子・高仁親王を出産。翌年4月、天皇が高仁親王に譲位の内旨(ないし)を下したとの勅使がある。生後4か月の親王に譲位とは合点がいかないと、徳川秀忠(西田敏行)は朝廷の真意を突きとめよと命じる。7月、幕府は宮中に一石を投じる。元和元年以降の紫衣(しえ・僧侶の最高位を表す紫の衣)の勅許を無効とする。
45話
「春日局」 寛永5年(1628)8月、天皇は天子の位を女一宮に譲ると決める。徳川秀忠(西田敏行)は、女帝を絶対に認めてはならないと朝廷にはね返す。9月、和子が秀忠待望の第二皇子を出産。が、喜びもつかの間皇子は生後10日であえなく逝去する。寛永6年8月、家光(尾上辰之助)は宮中の様子を探らせるため、自分の名代としてお福(樹木希林)に上洛を命じる。
46話
「女帝即位」 寛永6年(1629)11月、天皇は中宮和子(酒井美紀)に本日皇位を退いたと告げる。和子は天皇退位を江戸に急報する。幕臣たちは大騒ぎするが、徳川秀忠(西田敏行)は黙殺することを決める。寛永7年2月、「今年9月に宮中にて即位の大礼を行う」というしらせが入る。秀忠は、「幕府の同意なくして即位式ができるか」とこれも黙殺する。
47話
「三兄弟」 寛永8年(1631)2月、徳川家光(尾上辰之助)はついに忠長(高杉瑞穂)の登城を差し止める。事態を重く見た秀忠(西田敏行)は、事の始末は自分がつけると申し出る。忠長は水戸家や姉の千姫(大河内奈々子)に仲裁を願うが、これが家光の怒りをさらにかい、甲斐国に蟄居(ちっきょ)謹慎させられる。6月、体調不良が続いていた秀忠が重病の床につく。12月、秀忠は侍女のお振が家光の子を懐妊したと聞き喜ぶ。
48話
「さらば秀忠」 寛永9年(1632)正月、徳川秀忠(西田敏行)への諸大名年賀拝礼は差し止めに。秀忠は義直、頼宣、頼房に、兄の家光(尾上辰之助)の後見を託す。そして「朝廷に対し武をもって文を犯すことは国のためにならない、分をわきまえ無益な争いを起こさぬことに力を尽くせ」と遺言する。1月23日、秀忠は重体をおし家光を呼び、一目生まれてくる家光の子を見たかったとつぶやく。翌24日、秀忠は54年の波乱の人生に幕を閉じる。
49話
「名君づくり」 謹慎中の徳川忠長は、無断で甲斐府中に台徳院殿(秀忠)供養の寺を建立。家光(尾上辰之助)はこれに怒り、忠長の所領である駿河・遠江・甲斐65万石を没収、改易して上野国高崎に配流する。幕府は秀忠亡き後、諸大名を取り締まる大目付を設置するほか、巡見使を諸国に派遣して支配体制を強化していった。寛永10年(1633)12月、高崎城内に幽閉されていた忠長が自害。忠長の行く末を案じていた家光は悲しみに涙する。
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